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インゲン豆の隠元禅師

雑学

インゲン豆の由来 日本黄檗宗の祖「隠元禅師」

インゲン豆の由来は隠元(いんげん)禅師から来てるんですね。
隠元禅師は文禄元年11月4日(1592年12月7日)生まれの中国人。日本黄檗宗の祖でもあります。

4月3日は「インゲン豆の日」にもなっています。

たくあんは沢庵和尚から来てるしインゲン豆も隠元禅師と、お坊さんの名前がそのまんま食品の名前になるのもおもろい事実。
「食と仏道は一体」という言葉もあるくらいで、食と仏道修行は密接な関係があったんですね。食と宗教の深いつながりが感じられます。

隠元禅師が暮らしていたその頃の中国(明)は北方民族に攻められ滅亡寸前まで追い込まれていました。
そんな情勢のなか、日本の長崎の興福寺の逸然という方が日本に禅を広めるべく来日するように熱心に誘っていました。
当時の隠元禅師は63歳の高齢でしたが弟子20人らを連れて日本へ渡って来ます。

そして当時の将軍であった徳川家綱は彼を厚くもてなし、中国にいた時と同じ萬福寺というお寺を京都に建てさせ教えの普及に貢献します。
隠元の流れの禅はその山号を取って黄檗宗と呼ばれています。基本的には臨済宗の系統ですが禅宗には珍しく念仏を使います。

また、普及が他の仏教より後世なんでお経や用語がみな中国読みになるという特徴があります。
日本と中国の歴史的な深いつながりを今もなお守っていくことは本当に大切なこと。

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